twinrail.log

twinrailの海外鉄道旅行記録

北朝鮮の鉄道に乗って丹東から平壌へ 朝鮮平壌開城巡検 01-04

いよいよ国際列車に乗って、中国・丹東から平壌へ向かう。

乗車するのは中国鉄道/朝鮮鉄道が運行する95/52列車、丹東発新義州経由平壌行きである。

訪問日: 2016年3月8日

丹東駅から国際列車に乗る

丹東駅でとうとう34人全員が揃った。まるで修学旅行の朝のようである。わざわざ旅行社の社長が直々に会いに来てくれ、我々に朝鮮のビザと国際列車のチケットを手渡してくれた。

 

朝鮮に入出国する時は、基本的にパスポートにビザを貼り付けられたり、スタンプを押されることはない。写真のようにビザが別紙で用意される。

 

なにせ34人もいるので、国際列車のチケットの表紙にも「団体」のスタンプが押してある。中国語・ロシア語・ドイツ語で記載されていて、英語すらないのも非常に特徴的だ。ちなみに、中国発の国際列車はのチケットは中国鉄道が直接発券するわけではなく、今回であれば「丹東鉄道国際旅行社」という現地の旅行会社が発券する仕組みになっているようだ。

 

こちらが乗車券にあたる紙である。団体割引として25%引きになっているようだ。価格はスイスフラン表記になっていて、今回だと19.5フランである。(2016年3月時点で約2300円。)

 

こちらが寝台券にあたる紙である。寝台料金は3.74フランと書かれている。(2016年3月時点で約400円。)

 

丹東駅は1階が国内列車、2階が国際列車の乗り場になっている。

 

2階で出国手続きを行い、ホームへ向かう。国際列車は駅舎に面した1番線から出発する。ホームがものすごく広い。

 

国際列車は、中国鉄道と朝鮮鉄道の客車が隔日で使用される。平壌側から見て、荷物車が1両、空調発電車が1両、硬臥車が3両、軟臥車が1両連結されていた。今回は荷物車だけ朝鮮鉄道の客車、残りは中国鉄道の客車である。

 

行先表示によると、丹東→新義州が95列車、新義州平壌が52列車という列車番号になる。もちろん車両は直通する。

 

今回乗車するのは硬臥車(3段開放寝台)である。本来なら中国以外の外国人観光客は軟臥車(2段4人個室寝台)が割り当てられるらしいのだが、団体ということで特別に硬臥車になった。個人的にも開放寝台のほうが文字通り開放感があって好きである。

 

国際列車の時刻表。定州(정주)駅の停車時刻が書いてあるが、実際には乗降はなかった。2016年3月当時は平壌時間はUTC+8.30だった。(2023年2月現在はUTC+9。)

 

丹東駅を発車し新義州駅に入る

10時ちょうど、列車は定刻通りに丹東駅をゆっくりと発車し、鴨緑江を越える。車窓から見える橋は、朝鮮戦争時に破壊された鴨緑江断橋である。

朝鮮国内に入ると見るべきものはたくさんあるのだが、事前に配布された朝鮮の入国カードも同時に書かないといけない。「受け入れ先旅行社」なども書く必要があるので、「ここって何を書けばいいんですか?」という旅行メンバーの質問に答えていたら大忙しになってしまった。

 

新義州駅の手前で不思議な電車を見つけた。なんだろうか。

 

新義州駅に到着すると、朝鮮の入国審査官や税関職員が乗り込んできて、入国審査を始める。なお、この時ホームには出られなかった。(2019年に訪れた際はホームに出られたので、規則が変わったのだと思う。)

 

荷物検査はそれなりに厳しかった。X線検査機などはないのでカバンの中身を全て開封検査するし、スマホやカメラ、PCの中身もチェックされた。ちなみに、このとき韓国旅行の写真も入っていたが、特になにも言われずスルーされた。(やはり2019年に訪れた際はスマホ等の検査はなくなっていたので、規則が緩和されたのだと思う。)

 

新義州駅を発車して平壌駅に向かう

列車は2時間ほど新義州駅に停車していた。入国審査等を終えると、ゆっくりと平壌に向けて発車する。車窓から見える新義州の街は、隣の丹東に比べると車も少なく、ほとんどの人が自転車に乗っている。いよいよ朝鮮に来たという実感が湧いてきた。

 

だが、デッキでなんらかの職員と思われる人が何かを電話している。あとでメンバーに聞いたところ、なんと我々一行が大量にPCやスマホ、望遠レンズを持ち込んでいたせいで、検査に時間がかかり、税関の職員の一人が列車から降りそこねたまま出発してしまったらしい。どうするんだろうか。

 

朝鮮の地方の冬は殺風景である。車窓はだいたいこんな感じのものが続いていく。

 

新義州(남신의주)駅を通過する。駅にはたいてい金日成金正日肖像画が飾ってある。

 

車窓から我が故郷の横浜ベイブリッジのような橋が見える。新鴨緑江大橋といって、丹東と新義州を結ぶ第二の橋になるようだが、建設が中断されているそうだ。

 

列車が動かないのだが?

龍川(룡천)駅に停車する。最初は運転停車だと思っていたのだが、なぜか列車が一向に動かない。全然列車が動かないのでボーッと車窓を眺めていたら、一台の機関車が通過していった。

 

入れ替え用の手旗を持った列車員が一人と、機関車内部を覗いている列車員が一人。

どういうことだろうか。状況から思いつくことは一つしかない。我々の列車の機関車が故障したのである。はたしてこんな調子でちゃんと平壌まで辿り着けるのだろうか。

 

当分動かないので、昼間から大同江麦酒(대동강맥주)をあおる。朝鮮特産の世界一うまいビールである。

 

twitterで集めた見ず知らずの34人だが、あっという間に仲良くなっていった。朝鮮に行こうとする奇特な人々だから、きっと波長も合うのだと思う。開放寝台なのも好都合で、おしゃべりをするにもちょうどいい環境だった。

 

しばらくして平壌発丹東行きの反対方向の列車とすれ違った。本来ならばもっと平壌に近い駅ですれ違うはずだっただろうに。

 

2時間近く経ったあと、機関車の轟音が近づいてきた。ようやく替わりの機関車がやってきたのである。ほどなくして連結を行い、列車は出発した。

朝鮮鉄道の名誉のために書いておくと、ガイドさん曰く、このような運行トラブルは聞いたことがないそうである。朝鮮にとっても国外に通じるほぼ唯一の旅客列車とだけあって、入念にメンテナンスしていると思われる。本当にレアなケースに当たってしまったのだろう。

 

平義線の車窓風景

ここからは車窓風景をつれづれと貼っていく。

 

新義州行きの都市間バスと思われる。

 

内中(내중)駅。

 

塩州(염주)駅。

 

東林(동림)駅。

 

内燃001機関車。

 

赤旗電気機関車

 

下端(하단)駅。

 

赤旗5337機関車。

 

孟中(맹중)駅。

 

新安州(신안주)駅。

 

日も暮れてきた頃、ようやく平壌が近づいてきた。

 

平壌駅に到着する

平壌駅定刻17:15着のところ、約2時間半遅れで19:42に到着した。

 

平壌駅の1番線はものすごく広い。ここで朝鮮国際旅行社のガイド3名と合流した。

 

いよいよ朝鮮旅行、スタートである。

つづく。