朝鮮にもカラオケ文化がある。朝鮮音楽ファンにとって、同じ趣味を持つ同志と旅行し、現地で心ゆくまで歌えることほど嬉しいことはない。
でも全力で熱唱したら、カラオケ店員にもガイドにも怪訝な顔をされた。
訪問日: 2016年3月10日
平壌のカラオケ店を求めてタクシーに乗る
朝鮮最後の夜、最後の思い出を作るため、カラオケに行くことにした。とはいえ値段を聞くと150中国元もするという。(2016年当時のレートで約2500円。)
なかなか値段のハードルが高かったが、それでも行くという熱烈な朝鮮音楽ファン、ほぼ全員大学生ぐらいの男子7人を募って行くことにした。
我々が宿泊した高麗ホテルにもカラオケ付きのバーがあった。しかし今回は中国人家族の先客がいた。ガイドからは「交代でも歌える」と言われたが、あまり気が進まない。楽しい家族の団欒のひとときを我々で破壊してはならないからだ。
そこで近くの解放山ホテル(해방산호텔)まで向かうことになった。
解放山ホテルは金日成広場にほど近い場所にある5階建てのホテルである。高麗ホテルや羊角島国際ホテルに比べると1ランク下のホテルということで、外国人が宿泊する機会は少ないらしい。
バスの運転手はもう休んでいるということで、タクシーで向かうことにした。距離にして2km弱、運賃は5ドルだった。(2016年当時のレートで約500円。)基本的に朝鮮での支払いは中国人民元を使うことになるが、このタクシーだけアメリカドル払いだったのが印象的だった。
平壌の夜はビックリするほど暗い。タクシーの外観や内装はあまりよく見えなかったが、中国のタクシーと大差なかったように記憶している。
朝鮮のカラオケ個室で歌う
解放山ホテルに到着し、女性の店員に長い廊下を通り案内された。カラオケバーだった高麗ホテルと違い、ここはカラオケ付きの個室レストランという感じの場所だった。
ガイドからは「日本の曲はあまりないですよ」と言われた。だが「朝鮮の曲を歌いに来たので大丈夫です」と応えて、曲の番号を入力していった。
朝鮮のカラオケ文化を考える
ここで一旦、朝鮮のカラオケについて考えてみる。
朝鮮においてもカラオケは文化として広まっているようである。カラオケができるのは高麗ホテルのバーや解放山ホテルのカラオケルームだけではない。我々が食事をしたような高級レストランにもカラオケ機器が置いてあることが多く、伴奏のみがBGMとして流されていることもあった。中国やロシアなどにある朝鮮レストランでも見ることができる。
朝鮮の人々が歌う曲は、もちろん朝鮮の歌謡曲や流行曲が多いことが想像できる。一方で、観光客の大多数を占める中国人は、あくまで普段の娯楽の延長として中国の曲を歌うことが多いように思われる。日本人観光客に関しても、おそらく日本の曲を歌うことが多いのではないだろうか。
そもそも客層からしても、中国・日本ともに中年男性が多いように思われる。今回カラオケに来たような、1990年代生まれの大学生男子たちに馴染みがあるカラオケ文化とはまた異なるものである。
朝鮮カラオケのセトリを作る
今回歌ったセットリストの一部から3曲を抜粋する。
攻撃戦だ(공격전이다)
「コンギョ」という名前でインターネットではあまりにも有名な曲である。とりあえずフロアが温まるので最初のチョイスとしていいかもしれない。
一気に(단숨에)
「タンスメ」としても知られる、おそらくは「攻撃戦だ」の次に有名な曲である。ゆっくりとしたテンポで歌いやすいので中盤におすすめである。
我等は愛する(우린 사랑한다)
最終回のエンディングのような雰囲気が漂い、個人的には朝鮮音楽で一番好きな曲である。音楽は「大衆律動体操」としても知られ、江頭2:50が踊っていたことで有名である。
「こんなに朝鮮の曲を歌う日本人は初めてです」
その他にも次々と北朝鮮の曲を入れていった。北朝鮮音楽マニアにとって、本場平壌で心ゆくまで歌えることほど嬉しいことはない。大学生のカラオケらしく8人で大盛り上がりした。
その一方で、ガイドは「こんなに北朝鮮の曲を歌う日本人は初めてです……」と唖然としていた。北朝鮮でカラオケをする日本人も少なくはないようだが、ほとんどが日本の曲だけを歌うようであり、北朝鮮の曲を歌う人は珍しかったらしい。
もう一人唖然としていた人がいた。先ほど案内してくれた女性店員だった。実はこの店員はカラオケに同伴して曲を歌ったり一緒にデュエットしたりする役目であり、最初からずっと室内にいたのだが、私たちは全く気にせずに内輪だけで盛り上がっていた。
店員があまりにも暇だったのかは不明だが、一曲披露してくれることになった。中国の歌謡曲で、中国人観光客と同伴したときによく歌う曲らしい。歌はものすごく上手だった。北朝鮮のカラオケ店員は、音楽大学などで歌唱教育を受けた人が多いらしい。
カラオケも終盤になったので、我々は最後にこの3曲で締めることにした。
金正日将軍の歌(김정일장군의 노래)
朝鮮中央テレビのオープニングで必ず流れる馴染み深い曲である。朝鮮では準国歌として位置づけられている。サビの「万歳!」(만세!)の歌詞も伸びやかな名曲である。
金日成将軍の歌(김일성장군의 노래)
同じく朝鮮中央テレビのオープニングで馴染みのある曲で、同様に準国歌として扱われている。朝鮮・満洲の大地の情景を彷彿させる、格調高い名曲である。
愛国歌(애국가)
そしてこちらが朝鮮民主主義人民共和国の国歌である。先の2曲とは違い、指導者を称える歌詞が入っておらず、純粋に国を歌う曲だと言えるだろう。2021年頃からは各種コンサートや軍事パレードで独唱も行われ、より存在感を増している。
歌い終えた後、ガイドからは「行事かと思いました」と言われた。それはそうで、日本ででもカラオケで「君が代」は普通は歌わないのである。カラオケ店員は相変わらず怪訝な顔をしていた。
平壌の長い夜は更ける
こうして朝鮮音楽ファン8人とガイド、そしてカラオケ店員によるおよそ2時間超のカラオケ大会は終わった。最後にカラオケ店員と記念撮影をした。朝鮮の歌を熱唱した日本人たちは、どう思われていたのだろうか。
再びタクシーを呼んで、解放山ホテルから高麗ホテルに戻り、朝鮮最後の夜を終えることになった。
やはり「朝鮮音楽ファン同士で朝鮮現地のカラオケで歌う」という行為には、何にも代えがたい楽しさがった。私はこの34人の朝鮮旅行のことを「修学旅行」というように例えていたが、そこにカラオケが加わったことで、一生に残る思い出となった。間違いなく人生で一番楽しいカラオケだった。
残りは無事、日本まで帰ることである。
つづく。