ポンペイ遺跡を見学してナポリのケーブルカーに乗る 西欧周遊巡検 10-15

「ナポリを見てから死ね」(Vedi Napoli e poi muori)という言葉がある。それほどにナポリは風光明媚な街であった。
近郊にある遺跡・ポンペイとともに訪れた。
訪問日: 2015年3月7日
フレッチャロッサに乗ってローマからナポリへ

早朝、ローマ・テルミニ駅にやってきた。

スタンドで朝食のパンとコーヒーを購入して、ホームに行く。


9501列車ナポリ行き、ローマ・テルミニ08:45発、ナポリ中央09:55着となる。

2等車の座席はボックスシートだった。ローマからナポリまでは200km弱あるが、最高時速300kmの高速列車ならば1時間ほどで着いてしまう。

ナポリ中央駅に到着した。ナポリ市街に食い込んだ位置にある頭端式のターミナル駅である。
チルクムベスビアーナ鉄道でポンペイへ

ナポリ中央駅に隣接するナポリ・ガリバルディ駅から、チルクムベスビアーナ鉄道(ベスビオ周遊鉄道)という私鉄に乗車する。軌間は950mmのナローゲージ路線である。複数の路線があるが、ポンペイ遺跡に向かうのはソレント方面の列車である。

ナポリを出ると、車窓から海が見えた。たぶんカプリ島だと思う。

車内はナローゲージということもあり、やや狭く感じる。車両が古いことも相まって、地方の私鉄感を強く感じる。

ポンペイ・スカービ駅(ポンペイ遺跡駅)で下車する。こじんまりとした駅だった。
ポンペイの遺跡を訪れる
駅を降りるとすぐに遺跡の入り口に到着する。チケットを買って入場する。

改めてポンペイ遺跡について説明すると、79年にベスビオ火山が噴火し、火砕流によって甚大な被害を受けた都市の遺構がそのまま残っている場所である。

類似の遺構は日本でも有珠山や雲仙岳に残っているが、こちらは2000年前も前のものになる。

ベスビオ火山自体はその後も噴火しており、最近では1944年にも噴火しているようである。

とはいえ、ポンペイ遺跡自体には特に防災うんぬんなどの話はなく、純粋にローマ帝国時代の都市をよく保存した場所として扱われている。

ポンペイが他の遺跡と異なる点は、だんだんと都市が廃れて埋もれていったのではなく、活動中の都市が一瞬で火砕流に埋もれたという点にある。

そのため、当時の絵画や看板などもよく保存されている。

2000年が経過した廃墟になっているとはいえ、都市は都市である。

道路も格子状に整備されており、しっかりと舗装もされている。

車道に比べて歩道は一段高くなっており、車の通行を妨げないように車道中央部に歩行者横断用の石が置かれている。2000年前とは思えないほどよくできた道路である。




闘技場の遺構など。

遠目にベスビオ山を望む。

2000年前も今も、ベスビオ山はナポリの象徴として在り続けている。
ナポリのケーブルカーに乗る

チルクムベスビアーナ鉄道で市街に戻ってきた。終点はナポリ・ポルタノラーナ駅になる。東京で例えるなら、往路に乗車したガリバルディ駅が西武新宿線の高田馬場駅、ここポルタノラーナ駅が西武新宿駅みたいな立ち位置である。

地下鉄2号線に乗ってナポリ・モンテサント駅まで移動する。こちらはチルクムフレグレア鉄道などが発着するターミナルである。

モンテサントケーブルカーに乗り、頂上側のモルガン駅を目指す。

モルガン駅から少し行ったところにあるサンエルモ城からは、ナポリ市街と港、そしてベスビオ山が一望できた。

逆を向いた西側の景色。
この後はバンビッテリ駅から地下鉄1号線に乗車し、ナポリ中央駅に戻った。
ところで、バンビッテリ駅はケーブルカーで上ってきた先にあるので、当然市街地からはかなり高低差がある。地下鉄1号線はこの高低差をループ線とヘアピンカーブで克服している。地下鉄なのであまり目立たないが、こちら"登山鉄道"であるらしい。
インターシティに乗ってナポリからローマへ

ナポリ中央駅からローマに戻る。

インターシティ728列車、ローマ行きに乗車する。ナポリ中央駅を16:31に出発する。
ところでこの列車、はるばるシチリア島のパレルモからやってきている。メッシーナ海峡を船で渡ってきて、長い旅路の最後の区間というわけである。

終点のローマ・テルミニ駅に18:34に到着した。高速列車だと1時間だが、在来特急だと2時間というところである。
つづく。