朝鮮半島が北緯38度線で韓国と朝鮮の南北に分断されていることは皆さんも知っていると思う。
実際にどうなっているのか見学してきた。
訪問日: 2013年12月28日
非武装地帯・板門店について
朝鮮半島は「軍事境界線」(Military Demarcation Line/ MDL)を境に、南側が大韓民国、北側が朝鮮民主主義人民共和国に分断されている。
軍事境界線の周囲には南北双方ともに「非武装地帯」(Demilitarized Zone/DMZ)が設定されている。この地帯は地雷原となっており、もちろん民間人の立ち入りはできない。
さらに、韓国側には非武装地帯のさらに外に「民間人出入統制区域」(Civilian Control Zone/CCZ)が設定されている。この地域は民間人のみ立ち入りが禁止されている。
板門店と呼ばれている場所は、正式には非武装地帯内の軍事境界線上にある「共同警備区域」(Joint Security Area/JSA)といい、会議場などが設置されている。
非武装地帯・板門店を見学するツアーについて
民間人出入統制区域は通常は民間人が立ち入ることができないが、旅行会社や地元自治体(坡州市)などが行っているツアーに参加すれば見学することができる。後者は当日の飛び入り参加もできる。
一方で、非武装地帯および共同警備区域は、2023年現在、外国人には開放されていない。実は2019年までは外国人のみ専用のツアーに参加すれば見学可能で、韓国人は原則として訪問不可だった。逆に、2020年以降は韓国人が訪問可能になったが(おそらく感染症対策という名目のため)外国人には開放されなくなってしまったようである。
そのため、2023年現在、ネット上で「非武装地帯(DMZ)ツアー」として旅行社が販売している外国人向けのツアーは、民間人出入統制区域内のみを見学するものであり、実際に非武装地帯や共同警備区域に立ち入ることはできない。
ソウルから貸切バスで民間人出入統制区域へ
話は2013年当時に戻る。共同警備区域(板門店)を見学したかったため、事前にネットからツアーを申し込んだ。先ほど「外国人のみ専用のツアー」と書いたが、申し込みはごくふつうのツアーと変わらない。ただ、民間人出入統制区域内のみのツアーと比べると、非武装地帯内や共同警備区域まで行くツアーはぐんと値段が高くなった。
朝8時ごろ、ソウルのロッテホテルに集合する。私は奥側の新一観光(신일관광)と書かれたバスに乗り込んだ。車種は現代ユニバースである。半分が日本人、半分が欧米系その他で、ガイドは日本語と英語の2人が添乗していた。
ソウルから平沢坡州高速道路17号線を北上して、終点の内浦ICで臨津江沿いに出る。臨津江の向こうは民間人出入統制区域であり、監視塔が立ち並んでいた。
ここからは国道77号線「自由路」を走る。道路標識に「板門店」の文字が見え始めてきた。
自由ICで国道1号線「統一路」に入り、統一大橋のたもとまで来た。ここから先は民間人出入統制区域であり、厳重な検問がある。ここで訪問者は入域の手続きを行う。
都羅山駅を見学する
民間人出入統制区域に入り、まずは都羅山駅を見学する。
都羅山駅はKorail京義線の南側の境界駅である。京義線という名前も、ソウルと中朝国境の都市である新義州を結ぶことから名付けられている。
南北往来が可能になったら出入国手続きなどが行われることが予想されるため、駅構内も非常に広い。
ガラス扉の向こうには出入国施設が見えるが、今は封鎖されており立ち入ることができない。
「平壌方面」の文字に心が躍る。
ちなみに2013年当時は現役の駅であり、1日に2本「通勤列車」種別の列車が運行していた(民間人出入統制区域外にある臨津江駅で入域の手続きを行っていた)。
改札には韓国軍の憲兵が立っている。
ホーム側に出て駅舎を眺める。
都羅山駅から朝鮮方面の線路を眺める。ここを列車が自由に走ることはあるのだろうか?
第3トンネルに入坑する
続いて第3トンネルに来た。韓国には「南侵トンネル」と呼ばれている、朝鮮が韓国に向けて掘削したトンネルが4本ある。ここは1978年に発見された3番めのトンネルである。
トンネル入口は観光地になっている。大きな「DMZ」の文字のモニュメントがある。
もともとは朝鮮が掘削した軍事トンネルであるが、今では観光客が通れるように整備されている。歩いてトンネルまで下ることもできるが、小型モノレールがありそちらに乗ることもできる。
トンネルの内部は撮影禁止なので、図解展示でお送りする。内部は坑道のようになっており、ヘルメットをつけて通行する。
なお、現在は軍事境界線までには3層の隔壁があり、朝鮮側の侵攻のほか、毒ガスなどによる攻撃にも対応できるようになっているということである。
都羅展望台から朝鮮を眺める
都羅展望台に来た。韓国にはこのような朝鮮側が眺められる展望台がいくつかある。
展望台に登る。
単に眺めるだけなら柵のギリギリにいてよいが、撮影をするならば「Photo Line」と書かれた黄色い線の内側にいなければならないという謎の規則がある。何の意味があるのかよくわからないが、違反すると監視の兵士から怒られが発生する。
黄色い線の内側から朝鮮側の景色を撮る。開城工業団地の高層ビルが見える。
高い塔のようなものが見えるが、これは非武装地帯内にある機井洞という村の国旗掲揚塔である。高さは160mになり、建設当時は世界一高い国旗掲揚塔であったらしい。
臨津閣を見学する
民間人出入統制区域から出て臨津閣に来た。ここは民間人が一般に立ち入れる区域の中では最も板門店に近い。ここにも大きなアルファベットがある。
臨津閣の展望台から臨津江を眺める。
左にかかる臨津江鉄橋は通称「自由の橋」と呼ばれており、都羅山駅や朝鮮につながる京義線の線路である。右側の橋脚は、もともとは京義線のもう1本の線路であったが、朝鮮戦争時に破壊された。
臨津閣にはボロボロに錆びた蒸気機関車が展示されている。
この機関車は朝鮮戦争中に破壊され、50年近く非武装地帯に取り残されていたものであるようだ。
共同警備区域(板門店)で朝鮮に足を踏み入れる
再び民間人出入統制区域に入り、非武装地帯の手前にある国連軍の基地であるキャンプ・ボニファスに来た。ここから非武装地帯に入り共同警備区域に向かうには、さらに手続きを行わなければならない。ここで訪問客は共同警備区域に関する説明を受け、有事の際の免責事項が書かれた申し込み書にサインする必要がある。
バスも、ツアーの貸切バスから国連軍のバスに乗り換える必要がある。
実をいうと、民間人出入統制区域は一般人が自由に立ち入れないだけで、朝鮮戦争以前からの住民などは未だに居住していて、それなりに建物などもみえる。
しかし、非武装地帯に入ると全くの無人地帯となり、スマホの電波も入らなくなった。(ただ、非武装地帯内にも板門店の近くに唯一「台城洞」という民間人が居住する区域がある)。
共同警備区域(板門店)に到着した。手前に見える水色の建物が会議場である。
奥に見える灰色の建物が朝鮮側の板門閣である。
会議場の間に見える縁石が南北の軍事境界線である。この時は韓国軍が監視していたが、朝鮮軍の姿は見えなかった。
会議場の中に入る。手前の机が軍事境界線に合わせて設置されており、写真に見えている範囲はすべて朝鮮の領域である。奥にある朝鮮に通じる扉の前には韓国兵が立っている。
会議場の机。手前側が南側、奥側が北側である。この会議場内だけは南北双方の訪問が認められている。
共同警備区域を監視する韓国憲兵。
このあと、バスでソウルに戻り、ツアーは終了となった。
ちなみにこの2年後、私は今度は北側から板門店を訪れることになる。
つづく。